「自力」か「パートナー」か?ビザの形とそれぞれの事情

日々の思考

SNSを眺めていると、時折「永住権(ビザ)の取り方」を巡るやり取りが流れてくることがあります。自力で取ったのか、パートナー経由なのか。

特にオーストラリアの界隈で盛り上がっているようですが、ニュージーランドに住む私にとっても、それはどこか他人事ではない響きを持っています。

私の立場

私の場合は、厳密に言えばパートナー経由で永住権を取得しました。

けれど、当時の私たちは二人で協力してニュージーランドの永住権を取得するために、それぞれ一時滞在ビザを取得して一緒に入国し、より確実な道としてパートナーシップという形を選んだに過ぎませんでした。
なので、こういった対立で言われる「パートナーのビザに乗っかった」という枠組みに自分が当てはまるのか、いつも少しだけ複雑な気持ちになります。

パートナーシップという言葉に含まれる、3つの輪郭とそれぞれのしんどさ

一言で「パートナー経由でのビザ取得」と言っても、実はそこには大きく分けて3つのパターンがあるようにとらえています。

  1. 現地の人(ネイティブスピーカー)とのパートナーシップ
    言語の壁や、第二言語として英語を使うことの苦労を理解してもらえない、現地の家族関係(例えば、現地の文化に根ざしたクリスマスや親族の集まりなど)に飛び込む苦労があると聞きます。
  2. 同じバックグラウンド(日本人同士など)のパートナーシップ
    母国語で意思疎通ができる安心感がある反面、現地のコミュニティに食い込みにくいという課題を抱えているというお話をしていただいたことがあります。
  3. 共に別の国から来た「移民同士」のパートナーシップ
    私たちのような「どちらも移民」というケースは、お互いに第二言語として英語を学ぶ苦労を分かち合える良さがあります。でも、母国語で深く通じ合うことはとても難しいです。(私はパートナーの母国語は全く理解できません)
    そしてお互いの家族に会うための帰省も、時間と費用のやりくりや「一時帰国の順番待ち」にいつも頭を悩ませています。

この3つの輪郭はあくまでも私の周りの経験談や私個人の状況なので、それぞれのパートナーシップごとでその内情は三者三様なことでしょう。

そしてそれは、その立場になってみないと見えてこないものだと思います。

正解のない議論の先で

合法的に居住権や永住権を取得したのであれば、どのルートでビザを取ったから偉いとか、そんなビザの種類や取得方法で誰かが誰かを評価するような不毛なマウントに、一体どれほどの意味があるのでしょうか。

個別具体的な事情は、外側の議論では往々にして削ぎ落とされてしまっているように感じています。

自力で取った方の並々ならぬ努力も、パートナーシップゆえに生じる人間関係の機微も、どちらも比較できるものではないと私は思いますし、つくづく隣の芝生は青く見えるものなのだと思ってしまいます。

知らない土地で、母国語ではない言語を使いながら、驚くような出来事や文化の違いに遭遇しながらも、毎日を必死に生き抜いているという事実だけで、本当は十分すぎるほど、みんなすごいんじゃないかと感じています。

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